「17歳、言葉も文化も違う世界へ──母が語った“本当のカルチャーショック”を、僕の言葉で届けたい」

1974年――沖縄国際海洋博覧会の前年。母は17歳のとき、家族とともにブラジルから沖縄へと移住したそうです。妹は14歳、弟は7歳。祖母の故郷である名護市での、新しい生活の始まりでした。
母が語ってくれたのは、ただの「移住」の話ではありませんでした。聞けば聞くほど、それは価値観の転換であり、自分という存在を根底から揺さぶる“生まれ変わり”のような出来事だったのだと感じました。
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■「郷に入っては郷に従え」祖父の信念と、ゼロからの出発
母によれば、祖父は「郷に入っては郷に従え」という信念を何よりも重視していたそうです。ブラジルに住んでいたときも、日本語学校には通わせず、家の中ではポルトガル語が当たり前。家庭の中で“日本”を育てるというより、ブラジルの生活に自然体で溶け込むことを選んだのです。
そのため、日本に来たときには母も妹も弟も、日本語の読み書きすらできなかったと言います。日本の看板、学校の掲示物、先生の話――すべてが暗号のように感じたそうです。
文化の違いも衝撃的でした。例えば、学校での「集団行動」の厳しさ。列に並ぶ、声を揃えて挨拶する、先生の話を絶対に遮らない。「正座ができない」と言って叱られ、「しつけがなっていない」と非難されることもあったと語ってくれました。
「なぜだめなのか」誰も教えてくれないまま、ただ“浮いている”という感覚だけが心に積もっていったそうです。
■「大人の入り口」だったブラジルでの17歳
母が暮らしていたブラジルでは、17歳というのは一種の“自由”の象徴でした。ダンスパーティーに出かけたり、音楽に夢中になったり、洋服やメイクで自己表現を楽しんだり、人生の主導権を少しずつ自分で握っていく年齢。
「日本に来て、まず髪を切られたの。『長い髪はだらしない』って言われてね」
母はそう言って、少し苦笑いしていました。ピアスやマニキュアも禁止。化粧をしているだけで問題視され、スカートの丈、靴下の長さ、上履きの色にまで規定があった。
ブラジルで感じていた「自分らしさ」は、日本では「問題児」になってしまう。まるで別の惑星に降り立ったようだったと語ってくれました。
学校でも、異性と話すだけで「男女交際している」と噂される。話し方一つで「馴れ馴れしい」と言われる。母は「私は誰の目にも“浮いた存在”だった」と言います。
■「世界が教室だった」ブラジルの教育環境
母が通っていたブラジルの学校は、実に国際色豊かな環境だったそうです。クラスにはロシア人、スペイン人、イタリア人、アラブ系の子どもたちがいて、互いの文化や宗教を尊重する空気が自然に育まれていたと言います。
「隣の子がカトリックで、私はプロテスタント。もう一人はイスラム教。でも、それが当たり前だった」
授業は半日制で、午前か午後のどちらかを選択。残りの時間は、家庭の仕事を手伝ったり、スポーツをしたり、地域のボランティアに参加したりと、“生活と学びがつながっている”感覚があったそうです。
プロジェクト型の学習も盛んで、5〜6人でチームを組んで大使館に出かけ、指定された国について調査・プレゼンを行うというような活動もあったとのこと。
成績評価は厳しく、45点を下回れば即・落第。だからこそ生徒の年齢層も幅広く、学び直しが自然と許容されている雰囲気があったそうです。
「学ぶっていうのは、“暗記”じゃなくて“体験”だと教えられた」
そう語る母の目は、どこか誇らしげでした。
■「異文化の狭間」で育まれた感性
そんな母にとって、日本での最初の一年は本当に試練の連続だったようです。言葉が通じない、人の輪に入れない、自分の“当たり前”が通じない。
「夜、泣いていた」と母は言いました。家の布団に入りながら、「ここはどこ?私は誰?なんでこんなに一人ぼっちなの?」と心の中で繰り返していたと。
その心を支えてくれたのが、祖母の言葉だったそうです。
「なんくるないさ」
それは、“なんとかなるよ”という軽い言葉ではなく、「今を一生懸命に生きることが未来を開く」という、深い覚悟が込められた言葉。祖母はこの言葉を、ただの慰めとしてではなく、“生きる姿勢”として母に伝えていたのだと感じました。
その言葉が、母の心を何度も支え、前に進む力をくれたそうです。
僕は母の話を聞きながら、ふと考えました。
人は、違う環境に放り込まれたとき、本当に必要なのは「答え」ではなく、「信じてくれる誰かの言葉」なんじゃないか、と。
異文化の狭間で揺れながらも、母は“自分”を諦めず、世界と折り合いをつけていった。その姿勢が、今の母の強さと優しさの根っこにあるのだと思います。
17歳の母が体験したカルチャーショックは、確かに苦しみだった。でも、その中で育まれた感性が、今の私たち家族に受け継がれている。そう感じています。
(次号へ続く)